第5回 ▽と改定——下限表示と、理由付きの改定
CSIの方法(全7回)
警報には経済学があります。過剰に出やすい警報は、本来必要な月に割り引かれて受け取られます。毎月「何か起きています」と言う情報は、注目と引き換えに信頼を失っていく。したがってこの計器の設計目標は、感度ではなく較正——動くべき時に動き、動くべきでない時は動かない——です。今回は、そのための作法を三つの規約と一つの検証記録で開示します。
測定の曖昧さは、消えない——したがって作法を決める
貿易統計は世界で最も正直な一次資料ですが、癖があります。代表例が混載——一つの統計コードに複数の物資が同居している状態です。混載線で「中国シェア」を素朴に計算すると、分母(そのコードの総輸入)に対象外の物資が混ざって膨らみ、シェアは真の値より必ず小さく出ます。
ここで大事なのは、この偏りの向きが分かっていることです。CSIは、測定に残る曖昧さを三つに場合分けし、それぞれに規約を立てています。
規約1: 向きの分かる曖昧さは、下限の側に固定して、開示する。 混載線のシェアは真値の下限——なら推計で埋める(数字を作る)のでも、断りなく使う(読者が偏りを知らない)のでもなく、「これは下限である」と定義して印を付ける。それが▽です。▽付きの数値の読みは一行で書けます: 実勢はこの値以上。▽付きを、警戒緩和の根拠にしない。 そのまま規程に書ける一行です。
規約2: 向きの分からないレンジは、中点を採ってレンジごと開示する。 公的資料が「60〜70%」としか言っていないなら、どちらかの端を断りなく選ぶより、中点+レンジ+出典の開示が推定として適切です。
規約3: 立証されない緩和要因は、計上しない。 「国内リサイクルが一定量ある」と定性的に言われていても、定量典拠が無ければゼロとして扱う。これは規約1と逆方向(指数を上振れさせる側)の保守ですが、軸が違います——規約1は測定の偏りの作法、規約3は会計の計上基準(未検証の資産を貸借対照表に載せないのと同じ)です。逆に、定量典拠のある還流は明示的に計上します——タングステンの測定値に国内還流率30%が織り込まれているのはこの規約の表側で、国内でのリサイクル還流が立証を伴って進めば、測定値は構造的に下がる設計です。
まとめると: 数字を作らない・向きの分かる誤差は、下限の側に・立証なき緩和は載せない・すべて開示する。
改定の説明責任——断りなく改定しない
貿易統計は速報→確報と約めて確定していきます。したがって月次の測定値も動くことがある。この計器の規約は、数字が動いたら、理由と幅を翌号で必ず開示すること。理由は三区分で名札を付けます——実勢(現実が動いた)/定義(測り方の規則を版として変えた)/データ(統計側の確報化・訂正)。
第4回の規程文例「下位区分への遷移は、改定理由を確認した後に見直す」の中身がこれです。下がった数字の理由が「実勢」なら実態の改善、「データ」なら統計の都合——読み手が区別できる形で出す。そして測定上の判断はすべて番号付きで記録し、任意の数値の根拠を遡れるようにしています。訂正は版として履歴に残る。ブラックボックスの予言との違いは、数字を疑うために必要な情報が、数字と同じ場所にあることです。
検証記録——2026年2月と、その後の3ヶ月
較正は主張ではなく記録で示すものです。二つ並べます。
動くべき時: 2026年2月、対日輸出措置が発効しました。措置は発効月のうちに測定へ反映され、同じ月に3物資の区分が同時に動きました。公告という公的事実の符号化(第3回)が、設計どおりの速度で応答した記録です。
動くべきでない時: 続く2026年3月・4月・5月、区分の遷移はゼロでした。イベントの無い3ヶ月に、警報も無い。閾値の較正——意味のない揺らぎを事件に見せない設計(第4回)——が働いている記録です。 これは、二層の設計の帰結でもあります。政策圧力が既に段として織り込まれた物資では、構造側の小さな揺らぎにCSIが過敏に反応しない——予見済みの事象では、警報を発しません。警報の信頼性は、動きのない月に警報を出さない実績によって維持されます。
「遷移なし」も測定結果です。動かなかった月を正直に報じる指数だけが、動いた月に信頼されます——▽も、改定の理由区分も、番号付きの記録も、すべてはこの一点のための作法です。
出所: 財務省貿易統計(e-Stat・全数データ)ほか公的統計・各国公告(公開情報)より当研究所算出。 索引: [URL] / 月報(無料版): [URL] / ←第4回 / 次回→ 第6回「使い方と範囲」
